佐藤健のスキマ旅

仕事と仕事のスキマ。久しぶりのオフ。日々の喧騒から逃れるように、健はひとり、遠く離れた温泉宿を訪れていた。今回はゆっくり過ごす旅にしよう。そう心に決めた彼を待ち受けていたのは、数々のスキマ時間だった。

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15:00 旅館部屋にて

何もしない時間を楽しもう。そう決めて来たものの何もしないのは、暇だった。宿に着き、部屋に案内され、ひとりになった。そして気づいた。ゆっくりするって、何をすればいいんだろう。お茶菓子は食べ終わり、施設案内も熟読した今、完全に時間を持て余している。人は何もしないことに耐えられない。その真実を悟った健は、そっとスマホに手を伸ばし、クイックワンをはじめた。

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17:30 温泉にて

露天風呂に入ろうとしたら、野生の猿が入っていた。少し待とう、と思った。良質なアルカリ泉が名物の宿。心弾ませてのれんをくぐった。すると意外な先客。猿だ。猿の群れが温泉に入っている。「出て！ 山へ帰って！」番頭さんが必死で追い出そうとしている。だが意に介さぬ、猿。「お客様、少々お待ちください！」自然は人間の思い通りにはならない。健はスマホを取り出し、クイックワンでやり過ごそうと思った。

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19:30 夕飯にて

鍋に火がつかない。応援しかできない時間が静かに流れている。カチッ、カチッ。着火装置の乾いた音が、空しく広間に響き渡る。火がつかない。「あらー、おかしいわね」こんなに頑張っている女将さんの前で料理を食べはじめるのは気が引けた。人はこんな時、どうすればいいのだろう。冷えた鍋の上の生肉は何も答えない。健はスマホに目を落とし、クイックワンのロゴを見つめた。

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23:30 就寝前にて

天井の木目が、顔に見えた。眠れない時間が、はじまった。布団に横たわると、目が合う感覚があった。天井の木目が人の顔に見える。いちど気になると怖くなってどんどん目が冴えてくる。気ままな一人旅が、急に不安になる。窓がガタガタと風で揺れた。そういえば廊下の盛り塩が崩れていたような気がする。人生には寝つけない夜もある。健はスマホの電源を入れた。眠れぬ長い夜も、クイックワンがあれば怖くはなかった。

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