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過去の宝くじ図柄

なつかしの宝くじ図柄で歴史を知る!

宝くじの歴史を彩ってきたなつかしの宝くじ。宝くじは大きく分けると「開封くじ」と「被封くじ」の2つのタイブに分かれます。タイプごとに歴史を振り返ってみましょう。

開封くじ

宝籤・・・政府第1回宝籤(昭和20年10月)

天保の禁令以来、戦中の「勝札(かちふだ)」(20年7月)を経て、戦後いちはやく発売されたのが、この政府第1回宝籤。“漢字くじ”とも呼ばれニセモノも出るほどの人気でした。

宝籤
初のシートくじ(政府第4回宝籤、昭和21年5月)

政府第4回に登場した2枚つづりの初のシートくじ。たばこ引換券(6枚でたばこ10本)がくじ券に印刷されたので”たばこくじ”ともいわれました。この後、異価格シートくじなど種々のシートくじが発売されました。

初のシートくじ
野球籤(昭和21年6月~25年3月)

試合の勝敗と、得点合計(下1ケタ)とによって、当せんを決め、売り上げの50%を当せん者に均等に配分したもので、プロ野球・都市対抗野球を対象に、後楽園・西宮球場などで発売されました。

野球籤野球籤
競馬籤(昭和21年10月)

特定レースの出走馬に、あらかじめ抽せんで決めた0から9までの枠番号をつけて競走させ、1着馬の枠番号を、下1ケタの当せん番号とし、その他のケタ番号は、抽せん機による抽せんで決めたもので、八王子競馬場その他で発売されました。

競馬籤
相撲籤(昭和21年11月)

大相撲の本場所で、毎日、好取組3つを選んで「相撲籤」の対象としました。この勝敗予想は、1~8までの8種類の組み合わせ型ができるので、取組の結果、予想型が的中した者について、さらに抽せんを行って1、2、3等の当せんを決めたものです。

相撲籤
宝券(昭和21年11月)

10カ月間に7回の抽せんが楽しめ、しかも、満期総当たり(35円)という債券式宝くじでした。1枚100円で、最高の満期賞金でも僅か1万円であったため、あまり人気が出ませんでした。

宝券

被封くじ

スピード籤(昭和20年12月~23年8月)

点線部分を切り取り、開封すると番号が現れ、掲出されている当せん番号表と対比すれば、その場で、"当たり""はずれ"がわかる即決くじ。

スピード籤
三角籤(昭和21年9月~25年3月)

正方形を二つに折って糊付けした三角形の被封くじです。下図は、この形式の初めての住宅くじ(第5回東京都宝くじ、23年10月)で、即決と、後日抽せん併用の二段抽せん方式でした。

三角籤 三角籤第2次抽せん券
三角籤 三角籤第2次抽せん券
クローバー籤(昭和21年10月~22年3月)

番号の代わりにクローバーの図柄が印刷され、四つ葉のクローバーの数で等級が決まるものです。

クローバー籤
劇場籤(昭和21年11月)

東劇その他の劇場内で販売された即決くじで、興行打ち上げの千秋楽に、抽せん機による第2次抽せんも行われ、後の「ダブルチャンスくじ」のはしりともいえるものです。

劇場籤
七福籤(昭和22年7月~23年2月)

番号の中の“7”の個数と、そのケタ位置とで等級が決まるものです。

七福籤
鳩くじ(昭和22年9月)

貿易再開・救国貯蓄運動の一環として発売され、1等2千円以下総当たりの即決くじで、賞金は、貯蓄券で交付されました。当せん番号の決定に、伝書鳩を用い、大変な人気を集めました。

鳩くじ
組合せくじ(昭和39年7月~47年3月)

封を切ると、3ケタの数字票1個、1ケタの数字票2個が印刷されており、これを組み合わせて4ケタまたは2ケタの当せん番号ができれば当たりとなるもので、この新趣向が大変人気を呼びました。

組合せくじ
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